郊外住宅地で共(とも)に愉(たの)しく暮らすために

by 東海大学 建築都市学部建築学科 後藤 純

1,ライフコースの変化に郊外住宅地はどう向き合うか

1920年代のアメリカで郊外住宅地が「近隣住区モデル」として誕生したとき、アメリカ人の平均寿命は50歳前後といわれている。白人中産階級のライフコースは単線的であり、学校を卒業して就職し、20歳代半ばで結婚、(白百合のような)郊外住宅地に住む。そして子育てが終わると家を売り、老後はニューヨーク(大都市)の集合住宅に移り余生を過ごす。このライフコースを支えたのが、終身雇用の男性と、家事・育児に専念する女性 という明確な性別役割分業であった。また、自治会、PTA、子ども会といった世帯単位で加入する共同体型コミュニティ も活発であり、その最大の特徴は排他性 だった。なるべく同じ価値観の人々を集め、共通のライフスタイルを共有することで、郊外住宅地は維持・マネジメントされてきた。

しかし、それから100年。郊外住宅地が想定していなかったものは、ライフコースの変化、社会の多様性、そして包摂力の必要性である。まず、人生100年時代 の到来によって、郊外住宅地の高齢化が顕著になった。これほどまでに独居高齢者や高齢夫婦世帯が住み続けるとは、開発当初は想定されていなかった だろう。さらに、女性の社会進出が進み、家事・育児・介護を専業主婦が担うという性別役割分業は自然消滅した。共働き世帯が増え、子どものケアは自治会、PTA、子ども会といった共同体による相互扶助ではなく、保育園や学童保育、学習塾などの社会サービスに委ねる形 へと変化した。その結果、少子化が進み、小学校の統廃合が進行。こうした変化が、子育て世帯にとっての郊外住宅地の魅力を大きく損なう要因 となっている。

また、社会サービスの充実により隣近所で助け合う必要がなくなったことで、自治会への加入率は減少。地域の担い手も不足し、地域活動の衰退が進む。暮らしの単位が家庭内で完結することで、郊外住宅地という「まち」への愛着やエンゲージメントが希薄になったのである。

出典:著者作成

2,郊外住宅地の構造的な課題

日本の郊外住宅地は、開発当初から公共公益施設やコミュニティスペースが乏しいケースが多い。さらに、TOD型(公共交通指向型開発)の郊外住宅地においても、駅前のワンセンター型商業施設は、高齢化に伴う購買意欲の低下や人口減少によってテナントの撤退が相次いでいる。空いたテナントには学習塾が入るものの、出生数が70万人を切る現代において、これも一時的な傾向にすぎない。テナントの老朽化や空洞化が進むことで、TOD型開発の住宅地でありながら、自家用車なしでは、日常の買い物や病院、地域活動の場にアクセスできない状況が生まれている。結果として、郊外住宅地は高齢者にとっても、子育て世帯にとっても「暮らしにくい」場所になりつつある。

3,「再生」ではなく、新たなモデルの創出へ

こうしたライフコースの変化に対して、従来型の郊外住宅地が適応できない中で、住民主体の新たな取り組みが各地で生まれている。キーワードは、ワークショップ、カフェ、マルシェである。まず、自治会ではなく、NPO法人や社会福祉法人がエリアマネジメントを担うケースが増えている。特に当事者参加型の「ワークショップ」を通じて、新たなニーズを整理して実現していく動きが顕著である。次に、空き家を活用した高齢者向けのコミュニティ・カフェの開設、買い物難民対策としての移動販売車の導入、さらには郊外住宅地にも「子ども食堂」が登場するようになった。子ども食堂は、郊外住宅地においてもシングル子育て世帯や貧困層が増えていることの証左でもある。最後に、「マルシェ」をあげたい。土日になると、地元の住民がつくった手芸品や食べ物を売買するマルシェの活動が盛んである。自分の才能を活かしたミニ起業というのは、現代的な多様性を象徴していると言える。

出典:著者作成

4,「共愉(コンビビアリティ)」という新しい都市像

いわゆる郊外住宅地は、もはや「再生」できるものではないし、再生したところで誰が得をするのかは不透明だ。むしろ、今こそ新しいモデルを創り、提案する時期ではないだろうか。

その新しい都市像として、私は「共愉(コンビビアリティ)」 を提案したい。具体的には、郊外住宅地のなかで、一人ひとりが自分と似た興味・関心を持つ仲間を見つけ、新しい社会的関係を築くための多様な機会と場所があること。また、どのような心身の状態にあっても、「自分自身がまちにとって重要な存在である」と自信を持てるような仕組み を作ること。そして、個々の関心や特技をまちの中で活かし、展開できる環境を整えることである。

このような共愉の拠点は、才能あふれる女性グループやリーダーが、子ども食堂を立ち上げたり、遊び場を作ったりと、企画・起業することが多い。郊外住宅地にこそ、女性が起業・活躍しやすい空間や仕掛けが必要なのではないか。また、高齢男性の閉じこもりも懸念されるが、そもそも郊外住宅地は男性が社会的活動をする空間を想定していなかったのである。郊外住宅地のもう1つの本家イギリスでは、「メンズシェッド(男の日曜大工小屋)」が流行している。男性向けの共愉の場の整備は、試行錯誤が始まったばかりといえる。

出典:著者作成

5,新しい郊外住宅地をつくるためのコミュニティ戦略

また具体的な施策として、郊外住宅地の「コミュニティ戦略」の策定を提案したい。タワーマンションには容積率のボーナスなどのインセンティブがあるが、郊外住宅地には政策的な支援がほとんどない。だからこそ、住民が主体となり、新たなモデルを考え、計画し、地域資源をマネジメントして進めていく必要がある。その柱は、以下の3つである。

・社会的包摂と社会参加を促進し、健康自立寿命を最大化するコミュニティ施策(子ども食堂、コミュニティカフェなど)

・地域資源を最大限活用した包括的なケアと社会サービス(在宅医療、学童保育、児童館など)

・交流と活動の場を整備し、「歩けなくても」アクセスできる地域環境の実現

「郊外住宅地の未来は、もはや「再生」ではなく、「新しい形へと進化すること」にかかっているが、残された時間は少ない。高齢者が増え、子育て世代は減り空き家が増えるのはある程度は仕方ないことであるが、暮らす人の密度は減っても安心して共に愉しく暮らせる住宅地は、住民パワーで十分実現できる。

出典:著者作成

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